11月22日、夜の地震!大丈夫でしたか?
じつは、私、あの3.11の時は茨城に住んでました。3回の揺れ、地鳴りと共に感じて、3回目は茨城沖が震源地

立っていられなく、地べたに這い蹲りました。この時わたしは、キャディーのお仕事をしていたのです。

いったいなにが起きたのか?揺れがおさまりクラブハウスへ戻る時にはカート道路は地割れ、コース内も波を打ち地割れはあちらこちら・・情報が欲しくてお客様が携帯のラジオを聴き始めた時は東北の情報しか聞けずでした。

お客様のクラブを掃除して、お見送りしてようやく自分の携帯を手に持つと九州の親戚から電話!大丈夫か?の問いかけにいったいこの辺りはどうなってる?と聞くと震度6強とテレビで言ってるよ!子供達は?と聞かれても答えられない状況。ゴルフ場から外に出ると、停電のため信号機は消え、消防車のサイレン、瓦はおちブロック塀も倒れてる光景に恐怖感を・・余震が続く中、いつもは30分でつく勤務先から2時間半、ようやく子供達に会えたときは…安堵と恐怖でした。まだ5歳だった末娘は保育園のホールに毛布にくるまり先生と園児たちと丸まって、

小学6年生だった長女は、第一声、死ぬかとおもったと声を震わせ、ガラスが割れたこと、避難した校庭でみたのはグラグラ揺れる電柱と電線。」泣き出す低学年。とにかくみんなで手をつないでいた校庭。

あの日、夜中に娘は余震のたびに吐き気をもよおすほどでした。今夜の地震、エリアメールがなった途端娘達は毛布にくるまりテーブルの下へと、埼玉は大きな揺れではなっかたのですぐさま、テレビをつけ、どこで?震度は?と情報をとってました。エリアメールの音が怖いと・・いつ何時天災があるかわからないです。

地震が起きた夜、お子様をお持ちの方、そばから離れずにいてくださいね。この日の夜は我が家は枕元にスリッパと緊急時に必要なものをおいて川の字で就寝しました。私たち家族以上に東北の方は大変だったこと、風化しないでほしいと、忘れてはいけないことだと思います。
そして被害が拡大しないことを願い、祈ります。